前穂北尾根

2008年10月7日〜9日


4峰のビバークでの夜明け

 このメンバーではゲレンデで多くのトレーニングをしてきたが、アルパインの バリエー ションは初めてである。MDさんが北尾根に行きたいというので計画を練った。 既に10月に入っているので、寒さのことを考えると急がなくてはいけない。11、12、 13の連休が一番早いが相当の混雑が予想される(実際そうだったようだ)ので、その次の週の土 日に決めた。当初金曜夜発の予定であったが、HM・MDの二人が金曜朝から出発したいという のでそうすることにした。結果的にはそれでも時間の余裕はなかった。


10月17日(金)
上高地16:30〜明神17:10〜17:50徳沢 20:00就寝

 10:00に磯子で待ち合わせMD号で出発、途中南町田でHMを拾う。沢渡からバスに 乗るつもりだったが、駐車場で支度をしているとタクシーの運転手が寄ってきて、 3千円で 上高地まで乗せてくれるというので乗せてもらった。ちなみにバスは一人900円。上高 地は閑散としていた。

 明神を過ぎてヘッドライトを出した。急いで歩いたので はないが かなり早く徳沢に着いた。テントを張りそれぞれ夕食(火は使わず)を食べ、明 日の行動水を除く二日分の水2リットルを汲んで8時には寝た。徳沢には数張のテント がまばらにあった。隣のテントとの距離は20m以上あったが、いびきは聞こえた。


10月18日(土)
起床3:30 徳沢4:30〜5:30奥又白分岐5:40〜6:45慶応乗越7:00〜7:50屏風のコ ル8:20〜9:058峰9:30〜10:107峰10:20〜13:006峰〜13:105・6のコル13:30〜14:20 5峰〜14:404・5のコル〜18:00ビバーク決定

 3:30に起きると満天の星、予報通り天気はよさそうだ。今日の行動水1リット ルを汲み 、ライトを点けて徳沢を出発。月明かりの新村橋を渡り林道を行く。しばらくす ると分岐があり林道は梓川の川原へと右に下って行った。我々は登山道に入り左に、つ まり山側に進んで行く。奥又白への分岐に着いたときには十分明るくなっていた。ここ で水を汲めることもあるというが、この日はまったく水はなかった。徳沢で汲んでおい て正解だった。

 分岐からは北尾根の8峰が大きく見えた。パノラマコースに入る。右 手から上がってくる慶応尾根が近づいてくると慶応乗越である。赤テープがあった。 これから目指す屏風のコルが近くに見える。コルに近づくと二人の登山者が降りてきた。コルに は涸沢からの10人ほどの人がいて、何人かは屏風の頭へ登って行った。

 コルからしばらく水平な登山道を行き、登山道が右に下り始めるところが北尾 根の取付である。取付は潅木帯でテープや踏跡もないがそのまま進むのがよい。 その後、微かな踏跡を頼りに藪こぎを続ける。急なところもあるが、がまんがまんで尾根沿い に登ると8峰である。8峰は気持ちのよい草原だ。奥又白や慶応尾根を確認。徐々に藪 の密度は減るが7峰までは藪の中を進む。

 7峰を過ぎて小ピークを越えた辺りで5m程の 岩を懸垂した。2峰の降りよりもクライムダウンが難しいと感じるところだった。登り 返しも短い1ピッチにロープを使った(MDトップ/HMユマール/GTラスト)。そこを越えると6 峰が大きく立っていた。潅木の壁であるが、難しく感じたのでロープを出した(GTトップ/HM ユマール/MDラスト)。1ピッチでほぼピークに着く。ピークに立つと5峰が大きい。多少 潅木はあるが6峰よりはだいぶ少ない。

 とりあえず5・6のコルに到着し一安心。今日中 に頂上に着くのは無理だが、3・4のコルへはどんなに遅くても4時には着くだろうとみ て5峰に取付いた。ここはロープを出さず慎重に登る。この辺りから岩に雪が着き始めた。5峰の ピークに立つとまたまた4峰が聳えていた。しかも、太陽が西側に傾き、5峰までと 違って壁が暗い。4・5のコルは細い岩稜で両側が切れている。とてもエスケープルート には使えない。

 雪の着き方がさらに多くなったのでここはロープを使った。雪の少ないリッジ を忠実に辿り、3ピッチで壁にぶつかる。1ピッチ目以外は傾斜も緩いが雪が付いているので怖い。 突当りの壁には赤ペンキの左向き矢印があった。これが奥又白方面に向かうバ ンドだろうということでその通りバンドを辿る。ここもロープで確保した。20mほどバ ンドを進み右を見上げると遠くの壁にスリングがあった。あの壁を越えれば3・4のコルが 見えるかもしれない。そんな期待の中、ロープ確保1ピッチで壁に向かった。ただ、ここ は傾斜も緩く、十分ロープなしで行ける所であった。気が付くと時間切れが迫っていた。着い てみるとその壁(ホールドの少ないフェイス)を登るのは思ったより難しそうである。し かし、とにかくこの先に何があるのか確かめなくてはならない。登山靴でトライするが難しい。 5.8〜.9といったところか?

 雪の上でフラットソールに履き替え、ヘッドライトを点けて 何とか越えると3峰は見えなかった。3峰よりだいぶ涸沢側が見えているのだ。しかも、夕 闇が迫っていた。このとき初めて、今日中に3・4のコルに着くのは無理だと悟った。正 直落ち込んだ。岩にスリングをかけて懸垂支点を作り懸垂下降。二人に今夜はここでビバ ークすることを告げた。下のバンドまで下った方がよいという意見もあったが、ここで することにした。理由は、(1)ここでもスペースはある、(2)既に暗くなっており、バン ドまで安全に降りるのも一苦労である、(3)明日、もう一度この壁を登り返してルートを確かめ たい。そのために、懸垂したロープは残置したい、の3点である。岩にロープを張り、セル フビレイと荷物の確保に使う。風もなく寒くない。気象の状態はよいので食事はきちんとと った。銘々食事をし、コーヒーを飲んでテント(HM、MD)とツエルト(GT)を被って早々に横 になった。

 奥穂、北穂、涸沢に灯りが見える。天国と地獄といったところか。傾斜がある のでうまく寝ないとずり落ちる。ほとんど動かず朝が来るのをじっと待つ。夜中、外を見 ると月明かりで岩壁が光っている。ライトなしでも登れそうだ。しかし、今はじっと我 慢して体力の回復を待つのみ。ツエルトを被って目をつぶる。3・4のコルに至るルートを考えた。 朝にこの壁を越えればコルへのルートが見出せるのか?それともやはり下のバ ンドを左上するのがよいのか…。


10月19日(日)
5:10起床 6:00登攀開始〜8:004峰ピーク〜8:103・4のコル8:50〜12:402 峰懸垂〜13:15前穂頂上14:00〜17:00上高地

 隣のテントからHMの声が聞こえたので時間を聞くと5時だという。思わず「や ったー」と叫んでしまった。これで不自由な姿勢から開放される。まだ暗かったが程な く東の空がほんのり赤くなり始めた。多少寒いが大したことはない。コーヒーを飲んで ゆっくり支度をした。ビバーク地点は東に面していて景色はすばらしい。奥穂頂上には 日の出目当ての人がいるようだが、我々の方が太陽に近い。壁の途中のビバーク地か ら見る日の出に皆感動していた。

 一つのギアも落とさないよう慎重に身支度を整え、さ て、昨日の続きである。まず、残置ロープを使ったトップロープでもう一度壁を登る。 これで4峰の尾根に出たことになる。そこを登っていけば道が開けるのか?自信がな い。やはり、戻って下のバンドに望みを賭けることにした。ビバーク地からバンドまで はクライムダウンでいけるが、ロープを張って手掛かりとした。GTがバンドを左上し偵 察に出る。バンドの先はツルツルのフェイスになっており、その基部を回り込むと何 が見えるのかを確かめたかった。目の前に3・4のコルが見えることを期待して…。け っこう雪が着いているので怖い。慎重に歩いてフェイスの先に出るとザレたコルになっ ている。 コルの先は3・4のコルか? コルに出てみると確かに3峰は見え、さらに、 3・4のコルも見えた。しかし、遠すぎる、遥か右に見える。今度は奥又白側に来過ぎ たのだ。 そのままトラバースして3・4のコルに辿り着くのは明らかに不可能だった。

 またも期待を裏切られた(後で会の人に聞いたところ、このコルから4峰のピークを目 指すのが分かりやすいルートだという)。しかし、これで3・4のコルに行くには4峰 のピークを越えなければならないということ、3・4のコルの反対側がどの辺りかと いうことが分かった。バンドを戻って3・4のコルの反対側の辺りでロープ無しで登れ るルートを探した。しばらく見ているとカンテ状になったラインが登れそうに思えたの で登ってみるとドンピシャ、ピークに着いた。ピークには2m程の大岩があり、左 は難しい が、右から巻くと簡単で3・4のコルとそこに至る踏跡がはっきり見える。昨 日からの戦いが漸く終わったことに心から安堵した。

 3・4のコルで休んでいると、単独の中高年男性がやって来た。昨日屏風のコ ルを過ぎてから今日上高地に着くまで、我々が唯一出会った人類だ。彼もここまで 来れば難所は過ぎたといい、先に行かせてくれといって、さっさと3峰を越えて行っ た。我々 はMD-GT-HMの順でリードし、5ピッチで越えた。岩として難しいところはない が、日陰のところは雪が溜まっていてイヤラシイ。フラットソールでなく登山靴の 方がよところも多い。日陰はとても寒く、手で雪を払ったりで指先が痺れてくる。

 2峰はロープを着けずに登って懸垂で降りた。いよいよ1峰の登りにとりかかる。HM トップですぐに頂上に着いた。3峰を登っているときに頂上に人が見えたが、もう誰 もいなかった。相変わらず雲一つ、霞さえもないすばらしい天気で槍が手にとるよう に見える。頂上でゆったりと過ごし岳沢を降った。


検証

 結果的に無事帰ることができたとはいえ、壁の途中でのビバークと いう危険な行動を余儀なくされたことは反省しなければならない。振り返って原因を検証 してみる。5・6のコルを出たのが13:30で4・5のコルに着いたのが14:40であるか ら、4峰でルートに迷わなければ十分明るいうちに3・4のコルに着けたはずである。 従って、5・6のコルを出発した判断は悪くなく、ビバークの直接の原因は4峰のルー トを見つけられなかったことだろう。これについてはルートの予習不足、ルートフ ァインディング能力の不足が原因だ。

 一方、全体的に時間がかかり過ぎている。その 理由はロープの使い過ぎだ。北尾根は基本的に3峰以外ではロープを使わない。確か に今回は雪が付いていたこともあり全員がロープ使用を希望したが、3人でロープを使 えばかなりの時間がかかることをもっと考えるべきであった。特に、4峰の取付きから ビバーク地点までに5ピッチものロープを使用したことは致命的であった。ここでのロ ープ使用は雪等の壁の状態の悪さだけでなく、疲労や時間のことで無意識の内に精神的に 追い詰められていたことによるものだと思う。追い詰められて過剰な安全を選んでしま ったのだ。

 リーダーとして、時間対安全の判断バランスが悪かったと反省している。 危険な状況の中、みな冷静にしかも明るく行動してくれた。同行メンバーに感 謝したい。 よい経験になってくれれば文字通り「不幸中の幸い」である。(GT 記)



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