出合にあるゴルジュを抜け本流に出て遡行は終了した 小常木谷の記録はとくに珍しいものではないので、通常であれば書かなかったかもしれない。 しかし、今回の山行ではある事が起きた。 結果だけ見れば何の問題もない事柄である。 自分自身への戒め、 引いては会員にとって他山の石となるべく恥を忍んでこの記録を残しておきたいと思う。 余慶橋に脇にある登山口から登山道に入り、途中から滑瀞谷出合に向かって下り、入渓する。 昨夜までの雨で丹波川本流はかなり増水している。 小常木谷へのアプローチはいろいろ取れるようだが、 今回のように丹波川の水量が多いときは、これが一番確実で早いと思う。 遡行は、両側が切り立った断崖のゴルジュから始まる。 もし滝があったら通過が困難になるようなところであるが、滝はない。 水量は多いものの通過には問題はなかった。すぐに火打石谷出合である。 ここで登山道が横切る。ここからが小常木谷である。 しばらくは大きな滝はないものの水量が多いせいか直登ができないところが多く、その分苦労する。 しかし巻きには踏み跡があり難なく通過できる。それぞれが思い思いのルート取りで楽しむ。 やがて「置草履の悪場」と呼ばれる滝場に入る。 大きな滝とゴルジュが連続し、期待通り美しく、また手強いところである。 高巻きでの下りは悪く、懸垂下降した。 続く20mの大滝は左壁を直登するが、残置の支点がかなり古く、緊張した。 まさにこの渓のハイライトというに相応しいスケール感のあるところであった。 この悪場をぬけた後、そのまま本流を詰めるのはやめて、支沢である岩岳沢に入ることにした。 文字通り岩岳から下りてくる沢である。 これは、午後からの雨が心配であること、この先はまだまだ長いので、 できることなら時間を短縮したいという判断からであった。 この沢を詰めていけば登山道にぶつかり、そこからなら1時間程度で下れるだろうと思っていた。 しかし、実際はそのようにはならなかった。 岩岳沢そのものは、小滝が連続し、結構楽しめる沢であった。 なによりもあまり人が入っていない感じがいい。 沢そのものには悪いところがなかったが、詰めは結構たいへんだった。 脆いガレ場から激しいヤブこぎとなった。背丈ほどある笹ヤブをかき分け突破していく。 個人的にヤブこぎは好きな方であるが、この抵抗感のあるヤブこぎは結構疲れる。 傾斜もあるので、少しでも薄いところを狙って進む。 実質的には20分程度だっただろうか。ようやく小さなピークに出た。 出た瞬間はそこが登山道とは思わなかった。 しかし、ヤブはなく、登山道のようにも見える。前後を少し偵察し、方角も確認した。 少なくとも方角はほぼ合っているような気がした。 なによりも人の手が入った感じがあった。登山道であると結論付け、この尾根を下ることにした。 しばらく下ると道がはっきりしなくなった。外したか。 ここは慎重に行こうということで、登り返して二人でルートを探る。 踏み跡ぽいところはいくつかあるが、どれも登山道というにはあまりに不明瞭な気がしていた。 頭の中ではこれは登山道ではなかったかもしれないと思いが出てきていたが、 とりあえず一番尾根に忠実に続いている踏み跡を登山道と信じてたどることにする。 このあたりから、K氏はかなり疑っていたようだ。 なぜなら尾根の向こうにもう一つ尾根が見えていたからだ。 だが、それでも私の中では確信に至るものがないので、このまま下るという判断を変えなかった。 あとから思えば、引き返せたとするならここが判断の分かれ目であったと思う。 私が登山道であることを最後まで信じ込んでいたのには訳がある。 それはナタ目があったからである。これは自然にはできない。 誰かが人為的にやったのは間違いないことである。 かつて山で迷ったときもそれらを判断材料しながら無事下山することができたという実績もある。 こうして深みにはまっていくのかごとく下っていった。 だいぶ下ったところで太いワイヤー等の残骸があった。ここでハッと思った。 これは、伐採した丸太を運ぶためのものではないだろうか。 だとすると、この道は植林のための作業道ではないだろうか。 それなら人為的に作られた道であることも納得がいく。 しかし、ここまで下ってしまうともう登り返すという気持ちは起きなかった。 とにかく沢に下ろうということで、そのまま下る。 やがて踏み跡は完全になくなり、だんだんと急な斜面となった。 急な斜面は浮石も多く怖かったが、同行者がK氏ということもあり、 ロープを出すこともなく下ることができた。 ようやく沢に下り立った。これで登山道ではなかったことが現実のものとなった。 正直なところショックで、心の中は動揺していた。 しかし、ここは気持ちを切り替えなくてはならない。 沢を下ることに意識を集中することにした。再び渓流シューズに履き替える。 まずは現在地を確認する。支沢の位置からして、おそらく悪場に入る手前、 花ノ木沢出合あたりであろう。 だとすれば、この先下るのに懸垂下降しなくてはならないような大きな滝はないはずだ。 心配なのは天気だった。このところ午後になると雷雨になることが多い。 増水すると沢の下降が困難になるかもしれない。 急いで沢を下ることにする。 K氏は沢下りを楽しむかのように水につかりながらハイペースで下っていく。 あとをついていくのが精一杯なぐらいだ。何箇所か見覚えのあるところがあり、安心する。 1時間弱ほどで火打谷出合まで下る。ここで登山道が横切っている。 本当ならここに下ってくるはずだったのに・・・。 情けない思いとなんとか無事にここまで来れたことへの安心感とがごちゃ混ぜになった気分であった。 最後のゴルジュを抜けると目の前に本流があった。 終わった。ここで登山道への踏み跡に入り、登山口にたどり着いた。 下山したのは14時頃。 結果だけ見れば、予定したよりも1時間か最大でも1時間半程度遅れたにすぎない。 怪我をしたわけでもないし、暗闇の中を下りてきたわけでもない。 その意味では、これは事故というほどのことではないかもしれない。 笑ってすませることができる範囲であろう。 しかし、同行者が山、沢に慣れているK氏一人だったことが大きい。 急な斜面の下りも沢の下降も対応してもらえた。 また、沢の下降で大きな滝がない箇所だけであったのも幸いであった。 さらには雨に降られなかった。 これらの条件が揃っていたからこそ何事もなかったと済ませられるにすぎない。 実は今シーズン、いくつかの沢でルートミスや現在地を見失うということが発生していた。 これによって行動上特に問題が生じたわけではないが、ミスであることには違いない。 こういったことは、おそらく気の緩みからくるものと思われる。 さらには地形図による現在地の確認作業の怠りであろう。 かつては沢では常に地形図と見合わせながら行動していた。 どんなに小さな支沢や支尾根も見逃さないよう注意深く行動していた。 しかし、最近は地形図は専らエアリアマップに頼り、 方角の確認も以前のように頻繁にやることはなく、 二俣などで迷ったときに確認していたぐらいだった。 丹沢や奥秩父のこのレベルの沢ならなんとかなるだろうと甘く見ていたのは否めない。 それがこういう形での失敗につながったのだと思う。 沢では何か起きた時、脱出は困難を極めることが多い。 それはこれまで経験でも身に染みているはずだ。 どんな沢でも常に慎重に行動する、このセオリーを再認識する必要があると思っている。 (記 UK) |